欲望の資本主義

 『欲望の資本主義』というNHKのテレビ番組が好きです。
 私自身のライフワークとも言える研究テーマ「資本主義とは何か」を真正面から扱う数少ない教養番組で、2016年5月に始まり、概ね年2回、元日と夏に新作が放送されるたびに楽しみに観ています。
 もっとも、長く観続けていると、ここ最近は少しずつ既視感を覚えるようにもなっていました。
 そのため、今年の元日の放送も、正直なところ、それほど大きな期待を抱かずに観始めました。
 ところが、いい意味で裏切られました。
 人は必ずしも合理的な判断をしないという「最後通牒ゲーム」や、「匠と仕組みの違い」など、今回も非常に興味深いテーマが扱われていましたが、特に衝撃を受けたのが、ルネ・ジラール の『欲望の三角形』という理論でした。


人間は、何を欲するか、自分ではわからない生き物だ。
   だから自分の心を決めるために他者の欲望を模倣し、他者が欲するものを欲しがるのだ。
-ルネ・ジラール-

 さらに、ジラールは『贖罪の山羊』という理論も提示しています。

 それにより、これまで自分が生きてきた中で「なぜ人はこういう行動を取るのだろう」と感じてきたことの多くが、この二つの理論で説明できるのではないかと感じました。
 私自身にも思い当たることがあります。
 取るに足らない違いしかないものでも、周囲が競い始めると、いつの間にか自分もそこに心を動かされている。
 冷静に考えれば、本当に欲しかったのはその対象そのものではなく、「他者が欲しているもの」だったのかもしれません。
 そう考えると、社会のさまざまな現象が見えてきます。

【模倣される欲望】

  -他者が欲するので、わずかな差でもより高い地位を目指す。
  -他者が欲しいものを欲するので、流行やバブルが発生する。
  -パニックになると、皆がトイレットペーパーを買う。
  -他者の羨望を得るために、SNSで発信する。
  -際限のない株主の欲望により、企業は常に対前年プラスの成長を求められる。
  -他者の土地を欲し、戦争は終わらない。

【贖罪の山羊】

  -対象そのものには興味がなくとも、他者の満足を妨害する(嫌がらせ)。
  -競争や妬みの歪みから社会を安定させるため、いじめが生まれる。
  -自分の利害に関係なくとも、他人の不幸話は楽しい(人の不幸は蜜の味)。

 もちろん、こうした理論だけで人間社会のすべてを説明できるわけではないでしょう。
 しかし少なくとも、人間がそれほど合理的でも、自律的でもない存在であることは確かな気がします。
 資本主義とは、無限に湧き出る人間の欲望のエネルギーを、経済成長へ変換する仕組みと捉えることができます。
 それはまるで、蒸気の力を動力へ変換する蒸気機関のような、人類の巨大な発明です。
 そして、その燃料が「他者の欲望」である以上、この機関車は、常に加速し続けようとするのかもしれません。
 人類は、この暴走機関車を制御できるのでしょうか。 
 暴走機関車は、破滅するまで走り続けるのが宿命なのかもしれません。

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