人事評価制度に感じる違和感の正体


 そろそろ会社では、人事評価の時期になりました。
 企業は結局のところ、人の集まりです。
 そう考えると、人事評価に一定の主観や政策的配慮が入り込むことは避けられません。

 営業成績のような数値だけで客観的に評価しようとしても、別の歪みが生まれます。
 たとえば、プルデンシャル生命保険のように成果指標を徹底した場合でも、コンプライアンス上の問題が指摘されることがあります。
 主観を完全に排除しようとすると、制度は国家試験のような仕組みに近づきますが、それを一企業で維持することは現実的ではありません。

 こうして見ると、昨今の企業の人事評価制度は「大いなる装飾」と言えるかもしれません。
 本来は主観や恣意性を含まざるを得ないものを、あたかも客観的であるかのように見せるための装飾です。
 そのため、多くの人が本質的な価値を生まない文章の作成を求められます。
 そして、そのような「何にもならない、まことしやかな文章」を作るのは生成AIが最も得意とするところなので、最近はその恩恵にあずかり、負担を減らしています。

 とはいえ、そろそろ人事屋の言いなりではなく、この全体スキームが本当に経済合理性にかなうものなのか、株主と経営者は真剣に考える必要があるのではないでしょうか。

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